板金塗装の歴史

板金塗装の歴史

2016/02/10

板金業界に目が向けられた1964年(昭和39年)、板金に関わる「全国自動車車体整備協議会」と「日本自動車整備近代化振興会」が誕生しました。1967年(昭和42年)には車体整備が一分野に認定され、アポロ11号が打ち上げられた1969年(昭和44年)、「日本自動車車体整備協会」と「全国自動車車体整備工業連合会」が団結し、「日本自動車車体整備協会」が設立されました。1970年(昭和45年)、日本で万国博覧会が開催され近代化の幕開けとなり、米国業界の視察が盛んになることで海外の技術や設備が日本へ入ってきました。この頃にはエナメル塗料が発売され、簡易型塗装ブースも登場し、塗装関しても普及していくこととなりました。塗装が広まっていくことで、1974年(昭和49年)には全塗装ブームが到来。中古車販売市場が形成され始めたのもこの頃で、板金塗装はここから一気に成長を遂げていきます。

普及後は問題も

自動車の普及がどんどん進んでいく中、スーパーカーブームが到来した1976年(昭和51年)には、板金塗装を行ボデーショップの倒産が目立ち始めました。山口市で起きた塗装ブースの爆発事故も背景のひとつかもしれません。日本の自家用車保有台数は増加を続けるとともに、板金塗装に関する問題がどんどん浮上してきます。日本の自家用車保有台数が6,000万台を突破した1990年(平成2年)、板金塗装業界では技術者不足が深刻化してきました。この背景とバブルの崩壊もあってか、翌年1991年(平成3年)には各地で修理料金問題が活発になりました。当時とは背景が異なりますが、若者の車離れと言われている現代でも、整備業界や板金塗装業界の人材不足は問題となっています。

デントリペアの歴史

小さなヘコみ等を塗装することなく元に戻す修理といえる「デントリペア」。板金塗装とは切っても切れない関係です。日本ではこの「デントリペア」の歴史はまだ浅いですが、「デントリペア」そのものの始まりは1940年代、ヨーロッパの高級車を製造している新車メーカーの組み立て工場から始まったといわれています。元々は、新車を製造する過程でやむを得ずできてしまったわずかなヘコみを塗装にダメージを与えることなく元通りにする修理方法として生まれました。1970年代、雹(ひょう)による被害での修理需要が高まったアメリカに「デントリペア」の技術が伝わり、現代では一般の自動車ユーザーの意識や認知度まで最も進んでいるのがアメリカやカナダ等の北米です。「デントリペア」が日本へやって来たのは1995年前後、とても最近のことなのです。国内ではデントリペアスクールも誕生していますが、雹(ひょう)被害も欧米ほどではないことも一因となってか日本での「デントリペア」の普及はまだまだだといえます。一般的にはまだ広く知られていませんが、最近では「デントリペア」に関して保険の適用が認めらるようにもなり、板金塗装業界では一般化してきています。

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